2020年5月29日金曜日

写真掲載のお知らせ。および、サイト表紙写真の更新。



事後報告です!今年1月に発売された雑誌に写真が掲載されました。もう書店に並んでませんけど!

岩波書店の月刊誌 「世界」2月号の巻頭グラビアに「岸辺のできごと 歴史の共有について 」と題し、写真を8枚載せていただきました。303pには写真についての文章もあります。興味を持たれた方は、図書館など開いていたらば出向いていただき、御覧くだされば幸いです。ボヤボヤしてたらあっという間に2020年も6月...遅すぎる報告、誠に恐縮です。

今回は心残りが1つあります。いつも読んでタメになる記事満載の「世界」さんですが、2月号には文芸評論家の斎藤美奈子さんの文章「抵抗するフィクションをさがして」が掲載されておりました。いつもながら歯に衣着せぬ、斎藤美奈子さんの美しい文章が堅調一徹の「世界」に載っていると、その文体のしなやかさが際立つ上に、「現実(の社会問題)」を専らとする雑誌において、「(エンタメ小説という)フィクション」を肯定する内容であるというのは、ある意味で挑戦的に場所を選んでいるともいえ、非常に美しい異物感、異議申し立て感があり、感じ入ってしまいました。

文章で斎藤美奈子さんは「沖縄と北海道(アイヌ民族)。さらに在日。」に注目しています。

旧来の文学史において、それらは作家のアイデンティティに根ざした「沖縄文学」「アイヌ文学」「在日文学」に分類されてきた。作者の当事者性と不可分な点において、また非当事者にはアンタッチャブルな領域だった点において、これらはよくいえば聖域化、悪くいえばゲットー化されてきたといえるだろう。

直後に「だが、時代は変わりつつある。」と続く内容に関しては、実際読んでいただきたく思います。

僕もこの数年の間に、挙げられた3つの地域社会を、写真を撮りながら、まがりなりにも歩き眺め通り過ぎてきました。今回、北海道(アイヌ民族)と在日の人達に関わりのある場所の写真は掲載されており、あとは沖縄の写真があれば、斎藤美奈子さんの文章の不出来な挿画と言いますか、呼応するような形に出来ていたので、それが実現しなかったことが、今回の心残りとなっています。

というわけで、雑誌に載った写真の続き、9枚目の意味も込めて、サイトの表紙の写真を沖縄のものに差し替えました。2019年のはじめ、辺野古の新基地建設反対運動に奮闘を続けるグループ「辺野古ぶるー」さんの活動に2日間同行させてもらった時の写真です。


当事者と非当事者の関係、斎藤美奈子さんが言う所の「聖域化=ゲットー化」。例えば日本の内閣総理大臣が国政に関して問われたとして、「事に当たったのは自分であり、アナタはそれを実際に見聞きしてない。つまり知らないのだからアナタが事実に至ることは決してない。」といった風に、当事者性を極度に限定する方法をとった場合、本来当事者であるはずの国民及びその国で暮らす人々を非当事者の側に回し、あった事をなかった事にしたり、なかった事をあった事にして応答する、というような状況が、あろうことか現実に出て来てしまいます。これは言うまでもなく、目下のコロナ禍での政府の動向を念頭に述べてみたわけですが、この仕組みは別の場合にも当てはまるように思います。

「地域住民に説明を尽くしながら進めていく」という沖縄での基地建設は、実際工事が今現在も着々と進められているという事実が、反対運動など「ない」と、政府が認識し済ましている事を如実に示しています。また、アイヌ民族などもはや「いない」などと、自分が知らない、あるいは知りたくもないという事実ひとつで結論してしまう政治家が北海道に生まれてしまうという状況も沖縄と同様です。そして、何万もの人間を拐うように連行し働かせたという事実とその責任について、もっと自覚すべきだという、植民地とされた土地である朝鮮半島からの声に対して「そのような事が本当にあったというなら文書なり記録に残っているはずだ、証拠はないのか?」と、本来記録している側なのに平然と切り返す姿勢もまた、今回のコロナ禍で露見したのと同様の構造を持っているように思えます。被害の当事者である人や社会から、その当事者性を剥奪、ひいては存在そのものを否定するような動き、と言いますか。つまりは他者への酷い暴力です。

こう述べていると気持ちが塞いできますが、敢えて言えば、「聖域=ゲットー」を区別する境界線や当事者と非当事者の関係性とは、少なくとも時の権力者が都合に応じて操作可能なくらいには、ユルく流動的であることも示している、とも言えます。写真を撮っていると、自分が引いている様々な境界線が動くことをすごく実感します。「いる」のに「いない」とされるのはとてもつらいことなので、「ここ」にいるし「そこ」にも「あそこ」にもいろいろいるぞと見て回り続けたいと思っています。常に、「時代は変わりつつある」のです。





2019年6月29日土曜日

映画2019その2。 深作欣二回顧上映と、谷口千吉版『ジャコ万と鉄』。



5月、国立フィルムアーカイブでは、深作欣二の回顧上映が開催されました。深作作品だと「ジャコ万と鉄」(1964)と「柳生一族の陰謀」(1978)、そして「魔界転生」(1981)の3本を、かねてから是非スクリーンで見たいと思っており、今回の回顧上映で「柳生」と「魔界転生」は念願が成就。抜群の面白さに感動しました。阿佐ヶ谷での錦之助特集に重点を置いていたので、その他は控えめに、デビュー作の風来坊探偵シリーズと、仁義なき戦いシリーズを楽しむにとどめております。仁義なき戦いの一作目も非常に好きな映画です。ちなみに、一作目を見た同じ日に、銀座にてゴダールの新作「イメージの本」(2019)を鑑賞。どうということもないのですが、両方共に原子爆弾爆発によるキノコ雲の映像が出てきます。

上映のなかった「ジャコ万と鉄」については、あらためてネットで作品について検索することで、深作版ではなく、オリジナル版、谷口千吉監督による「ジャコ万と鉄」(1949)がつい最近ソフト化されていたことが分かり、即座に購入、鑑賞しました。深作版が面白かったので、より評判が高かったりもするオリジナルがどんなものなのか、すごく興味がありましたが、期待に違わぬ面白さ。北海道のニシン漁場を舞台にした映画で、月形龍之介演じるジャコ万と、魅力爆発の若き三船敏郎演じる鉄。二人が大勢の漁師たちと共にニシンを満載した網をたぐるシーンや、三船と浜田百合子演じるユキが馬車で何度か交錯し会話を交わす雪の辻のシーンなどなど、素晴らしいシーンの連続でした。

深作版に比べて、谷口版はニシン漁場とそこにいる人たちの風俗、時代の息吹きみたいなものを、まさに活写しており、より鮮烈な印象です。とはいえこの違いは優劣と言うより、谷口版がまだニシンが獲れていた頃の映画で、深作版は、乱獲により、すでにニシンが獲れなくなっていた時代に作られた映画であるという事を前提とした差異と見ることも出来るかと思います。


2019年6月24日月曜日

映画2019その1。 錦之助映画祭り。



3月24日から5月25日までの2ヶ月間、映画館ラピュタ阿佐ヶ谷にて、時代劇スター中村錦之助の特集上映が開催されました。1954年から66年までの東映映画35本が上映され、全てを見るわけにはいきませんでしたが、なんとか23本を鑑賞。見た映画全てが面白かったといって過言なしです。しばらく映画館に通い、今後なかなか経験出来ないだろう、素晴らしい日々を送りました。

悲劇喜劇を問わず様々な映画がある中、登場するなりスクリーンに活気をみなぎらせる驚くべき中村錦之助については、もはやファンとして筆舌に尽くしがたいものがあります。片岡千恵蔵、月形龍之介、大河内伝次郎、そして市川右太衛門ら「剣星」を筆頭とした、ともに出演する沢山の俳優たちを、様々な役柄で見ることが出来たのも、とても良かったです。ひとり挙げるなら、まず山形勲氏。清々しい悪党から酷いゲスまで、悪役を非常に気持ち良く見せてくれます。最高です。

本映画祭は、沢島忠、マキノ雅弘、加藤泰、佐々木康、松田定次、内田吐夢、佐々木康、河野寿一、山下耕作、田坂具隆ら(見た順です)名監督と、坪井誠、三村明、三木滋人、川崎新太郎、吉田貞次ら(見た順です)名キャメラマン達の仕事をまとめて見る、絶好の機会でもありました。すべてプログラムピクチャーで、ジャンルも時代劇に限られ、時として同じモチーフを扱いながら、監督ごとキャメラマンごと作品ごとに、それぞれ個性が際立っています。こういった事に気づくには、やはり一度に見ることが大事だったように思います。今回の特集上映で、自分は本当に大きな収穫を得ることが出来ました。

東映時代劇は1951年からおよそ15年続きました。続いたとはいっても、15年は決して長い時間ではありません。これほど大量の傑作が生み出され、それらが娯楽として大衆に普通に享受された時期があったという、にわかには信じ難い戦慄の歴史的事実。ともかく脱帽です。




2018年10月26日金曜日

写真掲載のお知らせ。



現在発売中の雑誌『世界』(岩波書店)2018年11月号に、写真と文章が掲載されています。
「HIROSHIMAS 関釜航路」というタイトルで、広島と韓国で撮った写真です。
写真は雑誌の最初の方、文章は319ページにありますので、合わせてぜひ御覧ください。




2018年5月15日火曜日

アキ・カウリスマキ『希望のかなた』(2017)




ヘルシンキに流れ着いたシリア難民の青年を中心に群像を描いた物語です。映画はカウリスマキ作品らしく、全編にユーモアを織り交ぜながら、ロベール・ブレッソンさながらの端的な画面の繋がりで作られています。過酷さをどうドラマチックに描くのか、というのでなく、過酷さが際立つ現実をどのようにドラマに、映画にするのか。そう問い、自ら応えるような映画を、カウリスマキはここのところずっと作り続けているように思います。J・バトラーやJ・デリダが言うところの「行為遂行的」的な感じ。『過去のない男』(2002)を見て以来、カウリスマキの映画を見るのが、とても重要な行事になっています。

映画には犬が印象的に登場しております。最近、犬が出てきて印象的だった映画にゴダールの『アデュー・オ・ランガージュ』(2014)があります。あの映画もまた凄かったですが、「犬の画面への到来」を、ゴダールとカウリスマキは同じように(構図は違います)撮っているぞ、と興奮しました。そして犬といえば、もうじきウェス・アンダーソンの新作『Isle of Dogs (犬ヶ島)』が公開となります。今から楽しみでなりません。





2017年8月21日月曜日

石母田正『日本の古代国家』(1971)


古代における国際関係を契機とする支配構造の変化、すなわち大化の改新以降の律令の導入と、それに伴う、いわゆる公地公民制が代表するような、領域支配と人民の管理(への意志)が、逆に主体である支配者層の構造を抜本的に変化させてもいった、という論旨。非常に面白いです。大王あるいは天皇の存在を絶対化せんとする中央集権化により、大王あるいは天皇という存在が、制度の中に位置付けられ組み込まれることで結果として相対化されていく。このような動向は後世の藤原氏の隆盛や、著者が言うところの「中世」の到来などにも直通する流れなのだと思います。

冒頭の「はしがき」にて、「愛国心」や「国家利益への従属」が政治により説かれるような執筆当時(1970)の社会動向を明記し批判しつつ、自らの著作を「死滅した過去の国家について考察」だと言い切るスタンスは本文にも貫徹されております。浅学な僕にとって本書は、著者の本書へと至る来歴も含め、様々な文脈が交錯する奔流のようなもので、基本的には溺れる中を足掻くような読書であります。



2017年5月12日金曜日

写真掲載のお知らせ。


現在発売中の雑誌『世界』(岩波書店)6月号に写真と文章が掲載されています。
「ATOMIC SHADOWS」というタイトルで、広島とアメリカ合衆国南西部で撮った写真です。
皆様ぜひ御覧ください。


2017年5月2日火曜日

サミュエル・フラー『最前線物語』


サミュエル・フラー監督の映画『最前線物語』(1980)を見ました。痛ましさから、なかなか戦争ものには手が出ないので、ずっと見ずにおりました。

弾丸や手榴弾の応酬により沢山の人間がパタパタと倒れていきますが、「倒す/倒される」の関係を律儀に画面におさめながら、敵味方問わず、とりわけ倒された側の描写は意図的に抑えられているように思いました。後半にその流れはピークを迎え、マーク・ハミルが、とある穴ぐらに向け発砲するのを正面から撮るシーンでは「倒す/倒される」の関係性が失効状態になっています。カメラは穴の中、闇から光の方に向け据えられています。ここで印象的なのは、カメラに向け銃を構える形のマーク・ハミルではなく、そのの背後にチラリと見える空の青さでして、実際露出は闇でもなく逆光のマーク・ハミルでもなく晴天に合っています。全編を通して、あくまで太陽の下、生者に対してカメラは向けられています。

時期はだいぶ違いますが、『秋刀魚の味』(1962)が遺作となる小津安二郎の映画を思い出しました。フラーはドイツ降伏直後にチェコの強制収容所の解放に米兵として参加し、小津はいわゆる「南京事件」下に日本兵として南京に入っています。戦後の小津作品の中では、ストーリーの中で戦争についての事柄が沢山出てきますが(例えば『秋刀魚の味』の軍艦マーチなどなど)、それらはもっぱら、かつてあった戦争を「不在」のという形で表象するものとして、さりげない扱いながら、すごく重要な役割を担っているように思います。小津もやはり、主眼は「不在」の周りを右往左往する、実在の生者のほうに置いています。

戦争それ自体を舞台にしながら、死のはびこる中をほとんど不可避的に生き抜く人々を描いたフラーと、戦争による喪失が不可避のものとして在る日常を過ごす人々を描いた小津。対照的ながら似てもいて、興味深いです。


フッサール『デカルト的省察』


フッサール『デカルト的省察』を読んでます。1929年にパリで行われた講演が基になっているとのこと。デリダなどを読んでてフッサールや現象学に興味を持ち、この『デカルト的省察』に関しては短いうえ一種の他者論であるという紹介に触れ、それなら何とか読めるかも?と思い手を出しました。毎度ながらきちっと理解してるかは別として、とても面白いです。読んだ内容の整理も兼ねて、要約のようなものを書いてみようと思います。

まず最初に自らをワタシという他者として対象化すること。逆に言えば、ワタシをワタシとして認識する「超越論的な自己」があるという構成「自己客観化」が基本となります。この時点ですでに非常にエキサイティング。

その上で、ワタシとは他者を認識する存在である、とすると「超越論的な自己」が認識するのはワタシのみならず、ワタシとワタシが認識する他者のいる地平すなわち「世界」ということになります。加えてワタシにより認識される他者とは、すべてワタシにより「思われたもの」であり、存在する「オリジナル(原本)」とは違います。ということで、ここでいう「世界」とは、「自己を中心とした」閉じた「全体」を意味します。

閉じた「全体」というと聞こえが悪いですが、ワタシとその「世界」の閉鎖性は、その閉鎖性ゆえに、埒外にある外部の存在を裏打ち保証します。「超越論的な自己」がワタシの認識対象に対して、ワタシのようにワタシがあるのではないかと「類似」として「他のワタシ」あるいは「他の超越論的な自己」を見るとき、「全体」が複数ある可能性が開かれ、一気に無限に近いような多数性へと転じます(「多の形成」)。ワタシと「他のワタシ」による「共同化」が「客観的な自然を可能にするとともに、あらゆる他者とともに私自身もそこに属する、およそ客観的な世界を可能に」します。





2016年9月16日金曜日

旅の話。



前回オクラホマに向かうと書いて終わりましたが、10日ほどの合衆国滞在の後、無事に帰ってきております。

カフカの小説『失踪者』でドイツからの移民である主人公が最終的に目指すのは、オクラホマの野外劇場で職を得ることでした。そのおよそ100年後日本から向かった僕と奥さんの2人が目指したのは、劇場といえなくもない、チェサピークエナジーアリーナでのNBA観戦、つまりバスケットボールを見ることでありました。応援するオクラホマシティーサンダー(以下OKC)のゲームを観戦できて感無量。ちなみにOKCはその後ファイナル進出まであと一歩まで迫るも及ばずシーズン終了。その力闘にファンとして手応えを感じていたところ、直後に大エースのケビン デュラント(以下KD)が移籍を選択。OKCのみならず球界全体を揺るがす大事件に我々は遠く東京で驚倒。そのまま今にいたっております。いろいろ関連記事をネットで読みましたが、インディアナペイサーズ往年のスター選手で、学生の頃にテレビでプレーを見ていた、レジーミラーによる長いテキストが非常に印象に残っています。KDが抜けたOKCはどうなるのか(進め!ラス "why not?"ウェストブルック!)、KDが加入したとはいえチーム編成を何気にガラリと変えたゴールデンステイトは祝祭のようなバスケットを続けることが出来るのか?その他大きな移籍も各地で数々あり、シーズンが今から楽しみです。


旅の前半をオクラホマで過ごした後はアルバカーキに移動し、そこを拠点にして、核実験場跡地などなど、カメラ片手に色々見て回りました。原爆開発を進めるため極秘に造られた街で、”シークレット・シティ”とも呼ばれたロスアラモスは街並みこそ穏やかながら、荒野に点在する台地メサの頂上部にあるというものすごい立地。今回の撮影旅行も楽しく過ごさせていただきました。合衆国で撮った写真も結構貯まって来たので、そろそろどこかで発表したいと思ってます。

2016年3月23日水曜日

失踪者2016。


アメリカ合衆国中西部のオクラホマへと、ちょっと旅をしてきます。詳しくは無事帰ってからまた述べるつもりですが、今は自分がオクラホマに向かうこと自体に感慨を覚えております。

オクラホマといえば、カフカの長編『失踪者(アメリカ)』(1912‐1914執筆)で、主人公の少年カール・ロスマンが、成り行きとはいえ目的地とする場所。小説に衝撃を受けた僕には、ほとんど神話的な地名です。まさか、自分が行く機会を持つとは思ってませんでした。

去年、集英社文庫から出た『ポケットマスターピース01 カフカ』の解説を読みますと、作者カフカは最終的に少年カール ロスマンを死なせる構想だったみたいですが、結局小説は未完のままに終わり、ロスマン少年の死が描かれることはありません。オクラホマ行きの汽車の疾走に身をまかせることで、ロスマン少年は死を予定した作者からも姿をくらませ、見事な失踪を遂げた、と僕は見ます。

ああもしインディアンだったら、すぐにも走り抜けて行く馬に飛び乗って、風に身を伏せ、
揺れる大地に身もおののき、またおののき、ついには足は拍車を離れ、だって拍車なんか
もうないんだから、手は手綱を捨て、だって手綱なんかもうとっくにないんだから、
目の前にはただ刈り尽された荒野のほかは見えるものとてほとんどなく、
気がつけば馬の首も頭ももうとっくに消え去って。

疾走することで失踪すること。その点『失踪者』は、上に挙げた、カフカの代表的な断章のひとつである「インディアンになりたい願い」(ちくま文庫の『カフカ・セレクション』版の翻訳でした)と似ているかもしれません。そんなことを考えてる中で先日、ロバート・アルドリッジの映画『アパッチ』(1954)を見ると、バート・ランカスター演じるアパッチの闘士マサイが、劇中で本当に疾走と失踪を繰り返しており感激しました。しかもチェロキーの男からトウモロコシの種を渡される、重要なシーンの舞台がオクラホマであることにまた感動。足跡を残さず、巧妙かつ鮮やかに進められるマサイの悲しい疾走の行き着く先はぜひ映画を見てもらいたく思います。それにしても、青く美しい瞳を持つバート・ランカスターが、肌を赤褐色に塗りアパッチの男を演じる姿には度肝抜かれました。後年のヴィスコンティ作品での孤独な家父長役など、多種多様な人物を演じる彼からも、疾走感と失踪感を充分に感じます。僕もまた、彼らのように走らねばなりません。




2016年3月10日木曜日

ソフォクレース『アンティゴネー』


ギリシャ悲劇、ソフォクレースの『アンティゴネー』(岩波文庫、2014)を読みました。今までに読もうとしては忘れるということを繰り返してきたため、あらためて我が家の本棚を探すと旧版と新版の2冊あったのですが、今回は先に見つけた新版をチョイス。

有名なオイディプス王の娘であるアンティゴネーと、オイディプスを追放することでテーバイの王になったクレオーンの2人が主軸の登場人物。オイディプスの死後、クレオーンの統治するテーバイに攻め寄り討ち死にした、アンティゴネーの次兄ポリュネイケースの埋葬の是非をめぐるやり取りが描かれます。ソフォクレスによる、オイディプスに関連する他の2作を知ってると尚のこと良いのかもしれませんが、文庫には分かりやすい解説も載っており、これだけ読んでも充分に面白かったです。

国に叛逆した人間の埋葬を禁じる現行の王クレオーンの主張と、近親者、あるいは言い換えれば愛する人、を弔う道理を主張するアンティゴネー。折り合うことのない二人の会話は、折り合う事がないためにむしろ会話としてのチカラ、緊張感がみなぎっています。複数の異なる人間が行うものである以上、あらゆる会話とは根本的に悲劇的であるのかも、などなど思ってみたり。

国家と戦争と追悼。最近の翻訳なので当然かもしれませんが、読んですごく現代的な話と受け取りました。しかし実際書かれたのは紀元前400年代中頃。日本は弥生時代ちょっと手前でしょうか(←後述ですが、弥生時代のはじまりはもっと遡る可能性が大いにあるようです。失礼!)。そもそも、まだ日本などとは呼ばれていません。ギリシャの劇場でこの演目が上演されていた頃、この列島周辺で一体どのような会話が、どのような言葉で為されていたのか。全くもって僕には魅惑的に謎だらけですが、人間が暮らし会話を交わしていたわけですから、沢山のアンティゴネー的な人物と、そんな彼女や彼の弔いを受ける、いっそう沢山の死者たちがいたことが想起されます。

まもなく、東日本太平洋岸を襲った地震、津波から5年が経とうとしています。あらためて、亡くなられた方々の冥福をお祈りします。



2015年10月5日月曜日

写真展終了。


遅くなりましたが、無事写真展終了しました。ご来場下さった皆様には、心からの感謝を申し上げます。期間前からいろいろとブログに書きたいことがあったのですが、8月から我が家のネット環境が潰れていてどうにも叶わず。最近ようやく修理してもらい回復しましたので、今後はこのブログももう少し更新していきたいと思っております。


2015年9月4日金曜日

写真展『FLAMME de DIEU』開催のお知らせ。


来たる9月8日火曜日から17日木曜日の間、東京新宿にありますコニカミノルタプラザのギャラリーAにおきまして、写真展を開催いたします。コンゴ民主共和国で撮った写真を展示し、タイトルは『FLAMME de DIEU』。フランス語で「神の炎」くらいの意味だと思います。写真に映っている言葉をそのまま拝借いたしました。サイトにも一部写真を載せておりますが、写真展では30枚展示いたします。皆様、ぜひお越しくださいませ。

2015年2月18日水曜日

表紙の写真について。



今回更新した表紙の写真は福岡県の今宿、海そば山裾の光景で、明治大正を生きた婦人解放運動家、伊藤野枝の生まれた土地を見たいと旅をした奥さんについて行った際に撮ったものです。付近には元寇時の防塁があり、金印が出土した志賀島もあります。そもそも今宿のあたりはいわゆる魏志東夷伝倭人条で言及されている土地にもあたる上、平原など実に興味深い遺跡なども近くにあったりで、古代以来歴史的に激アツの地域です。海沿いを東に行けば近代の象徴ともいえる八幡製鉄所があるわけですが、こちらの操業開始が1901年。1895年の生まれの伊藤野枝は上京後も出産の度に帰郷した(やはり出来たての鉄路で!)といいますから、福岡に暮らした頃のみならず、その短い生涯を通じて、製鉄所の威容を何度も目にしたのではないでしょうか。巨大な鋼鉄の建造物群と、そのようなものをどんどん迎え入れていく世の中が彼女の目にどう映ったのか。計り知れないものがあります。



2014年12月8日月曜日

Etats Imagines。そこはフリーなドメイン。


数年前に傑作写真集『Etats Imagines』で僕を嫉妬の渦に叩き込んだ作家エリック ボードレールが映画を作っていて、かつそれが横浜トリエンナーレにて上映されていると新聞で知り、10月の終わりに、期待に胸を膨らませ横浜美術館まて行き見てきました。タイトルは『The Ugly One』で、見終わってからもタイトルの意味は分かってないんですが、中身はめちゃくちゃ面白かったです。ミュージアムの展示スペースでの上映ということもあり、実験的な動画とか、映像を用いたインスタレーションみたいなものを想像していたのですが、実際は紛れもない、いわゆる映画でございました。ロングショットの多い、端正とも言える彼の写真とはだいぶ違った、ミディアム主体のシュアな画面を撮っていることにまず驚きました。

要約するのがとても難しいんですけども、簡単に言うと、元?テロリストの映画作家足立正生のシナリオを基にして、エリックボードレールが中東、おもにベイルートで作った映画です。あえてテロリストと書いてみましたが、つまりは赤軍のこと。足立さんについては今回初めて知りました。

パレスチナの路地を歩く男性を背後から追いかけるように撮影するショットから始まる映画は、画面に関係があるんだかないんだか判然としない足立正生のモノローグもあり、非常に最初不可解。分からせようとする風でもないので気楽に見ていると、次第に映画の輪郭が明らかになってきます。とはいえ最終的に一つの像を結ぶことはなく、輪郭がクリアになってもあらわれるのは錯綜した多重像です。冒頭の雑踏を歩く男やモノローグなどの映像や音響、そしておぼろげながら確かにある話の筋などなど様々な要素は、あくまで異なる層に常にあり、一つにまとまることはありません。鑑賞後に読んだ雑誌「美術手帳」に載ったインタビューでは、エリックボードレール本人が「映画にレイヤーをかける」と言っているのが、本当に的を得ているなと感心しました。写真でいえば、フォトショで加工しつつも、いろいろな要素を重ねながら、それらを一つに統合していない状態のデータを完成作としたような映画です。

そんなような映画なのですが、インタビューでは足立さんも語っていて「ぜんぜん良くない。普通の映画になっちゃった。」と評価しているのが面白かったです。確かに色々と錯綜しつつも、あくまで劇映画として作られているのは明らかで、その点普通ちゃ普通。足立正生氏が期待する革新性?には乏しいとも言えます。そこを認めつつ、僕としてはしかしその普通の映画であることを積極的に評価しております。映画の中で進行する、様々な位相での複数の事態は収束する様子を全く見せずも、いわゆる「映画」と呼ばれるものの基本、ファンダメンタルは、まあそんなものがあるとして、かなりシッカリしており、それぞれのシーンはかなり律儀に撮られて繋がれており、感動しました。ちまたには普通の劇映画と見せかけつつも、実際は悪い意味でハチャメチャな映画が多い中、ハチャメチャでありながら実はかなり「普通」でもあるこの映画には凄く共感するところがありました。

既存のものを破壊し、まったく新しい何かを生み出さなければならない。...とは映画にかぎらずモノづくりの現場でよく言われる話です。ですがしかし、既存にあるはずのもの、あるはずの体制が実は破壊されるまでもなく既に自ずから実は崩壊していたとしたら、どうすべきでしょうか。これは写真でも、あるいは社会についてもいえることかと思います。そのような問いに構造からして応える映画として、面白かったです。この映画の中にある「混乱」にはネガティブな批判も多いそうですが、僕はあくまでポジティブに受け取りました。

最後にストーリーについて。明確ではないので色々と推測前提となりますが、物語は一組の男女の動向がベースになっています。友人たちをまじえた、食卓を囲んでの白熱した論争の最後、男は、誰も救われず、誰も報われない物語を静かに語り聞かせ、場を鎮めます。女は女で、劇中に何度かさりげなく、本当に生まれたのか定かでない子供の話をし、男を当惑させます。二人の語り、つまり誰も生き残らない話と、生まれてもいない子供の話はすなわち現実では語ることが不可能な領域にある、出来事ならぬ出来事です。それらはフィクションでしか語れないもの、物語の本領でもあるかと思います。これだけ攻めた映画、かつ困難な状況にある場所で撮った映画に、物語=フィクションを導入することは、フィクションと、その語りの方法としての映画を肯定しているように思えます。それは言い換えれば、やはり常にフィクションとして存在する、いまだ成就せぬ革命の肯定でもあるようにも思いました。




2014年9月10日水曜日

目と舌。二人の作家。



八月は実家の広島を拠点に過ごしていました。カメラ片手に下関を経由し釜山に行ったり、明石のあたりをぶらついたり有意義でしたが、今はそのおかげでスッカラカンでございます。

広島では、石内都さんのハッセルブラッドアワードの受賞を知りとても興奮しました。僕が石内さんの写真にのめり込むようになったのは集英社版『ひろしま』を拝見してからなので、わりと最近のことです。テートモダンによる受賞に際して作られた動画を見てみると、引き合いに出される写真の多くは35mmモノクロスナップでした。今後出るだろう受賞記念の写真集にどんな写真が収められるか、今から楽しみです。

石内さんは最近作でフリーダ カーロの遺品を撮影しています。これで思い当たるのはメキシコの写真家のグラシエラ イトゥルビデです。彼女にもまたフリーダ カーロに関して作品があり、かつ石内さんに先立つハッセルブラッドアワード受賞者であり、確か5歳違いくらいなので、同世代と言える年齢。二人の符合の一致が気になります。イトゥルビデが撮った写真に僕は、視線による過去への言及の独創的な方法、みたいなものを見て取るのですが、その見方を石内さんの写真にも援用できるかもしれません。『ひろしま』や『Mother’s』を考えると、ごく私的な事物のテクスチャーを、ごく私的な目で見て明らかにしているのは世界の過去と歴史と言えます。両者の視線には公式の歴史がとりこぼすか、あるいはそもそも見ることのない、いわばまつろわない細部を顕在化させる力があるように思います。

チカーノの作家グロリア アンサルドゥーアの詩『野生の舌を飼い馴らすには』を思い出しつつ、イトゥルビデの目を謡うように語る舌としたなら、舐めるように肌理を知ろうとする石内さんの目もまた舌です。マジックレアリズムの小説をイトゥルビデの写真とすると、石内作品は、いわゆる私小説や戦後文学といったふうにまとめられる、日本の小説に例えられるかもしれません。私小説と戦後文学という言葉を、ポストインペリアル、帝国以後文学と括ったら、肩書きの変更に過ぎませんが、また違った視点で見られるような気がしました。私小説ということで言うと、「私」の語りによる叙述には、やはり相当な意義があるように思われます。小説の主体を一人称にすることは、語りにおいて決して素朴だったり自然な形態であるということはないと思います。そこを敢えて「私」で書かなければならない理由は何だったのか。僕としては、それらが帝国以後、あるいは帝国下で書かれたことが関係しているという観点で見てみたいと思います。思いつくままに言えば、多和田葉子さんが書く、不思議な人称の用い方をする小説も、私小説から遠く離れたものですが、今挙げた流れの一つの形な気がします。

石内都とグラシエラ イトゥルビデの二人に話題を戻しますと、歴史を語る主体、物語る主体としての有色人女性、とはつまりマイノリティということです。暗黙の中にいる存在がそこから語り始めるというのは可能性の発現であり、すごく勇気づけられます。僕も、僕なりのやり方で頑張りたいと思いました。ただし、”歴史を語る、物語る主体としての有色人女性”とはいうものの、石内さんの場合、出自でありしばしば対象ともなるのが宗主国であった日本ですので、同じく日本に住む写真家の端くれとしては、そのあたり注意しないといけないように思います。もし注意を怠ったなら、生臭い話になりますが、今回、2014年9月の組閣で誕生した一連の女性大臣方のような、反動的な最悪のケースが待っています。おそろしい話です。




2014年3月18日火曜日

S・サルガドの『GENESIS』。ぼくらのためでない創世記。


既に発表されて2年は経ってると思われますが、セバスチャン サルガドの『GENESIS』が凄いです。物凄いだけなら今までのサルガド作品と同様ですが、今回は今までと違う点として、人間があまり出てこないという点が特徴となっております。そういった本になるとは噂で聞いていましたが、実物を見てあらためて驚きました。

いつにも増して圧倒的な自然の光景写真は、どこか人間を寄せ付けない、といった感が満載です。例外的に出てくる人達は、いわゆる文明の徒ではないといいますか、時代が時代なら「未開」と称されるような人達で、言ってしまえば写真を撮る人見る人愛好する人達の生活とは異なる価値観で暮らす「他者」であります。逆に、写真集が示す世界像からすれば、他のあらゆるものは写しても、文明の影響が見られる事物は決して入れんぞ、という意思があるわけで、つまり我々のほうが世界に対し例外的な存在といえるのではないでしょうか。文明の影響はこの地球上のどこも免れ得ないとしても、文明の影響がない状態を仮想しようとしているように思います。ではしかし、この「我々の不在」とは、一体何を意味しているのか。

 無限に多くの希望があるのだが、ただ、ぼくらのためにはない。

とは、三年前から繰り返し読んでるベンヤミンの本の中で、カフカの言葉として出てくるフレーズです。いかにもカフカっぽい言葉で、これだけ読むと非常に諦観漂ってますが、セバスチャン サルガドに諦観ほど似合わないものもありません。しかし今回の写真集にはこの言葉がとてもシックリきます。

サルガドは今までの大きなプロジェクトで決まって世界像、つまり全体を示してきました。

 写真家は、世界全体を再現しようなどとは考えない。
 彼は、写真は断片である限り、価値があることを知っている。

という、昨年亡くなった多木浩二氏の言葉が端的に示すとおり(いま読むと写真家が”彼”だけであるのがすごい気になりますが、それはまあ置いといて)、写真とは断片欠片であり、全体とは極めて相性が悪いものと思います。それでもサルガドの写真群が文句無しに素晴らしいと言えるのは、それらが可能性、あるいはオルタナティブとして提示されるものであったからだと思います。いわば既成の全体を批判するために提示される仮設代案の全体である、といえばよいでしょうか。よく言われることかとも思いますが、サルガドの営為を、”南米ブラジル出身の人間による「世界の語り直し」”という言い方に還元するなら、いわゆるマジックレアリスムとの親和性は明らかで、そこらへんを想像すると分かり易いかと思います。

『WOKERS』では冷戦末期、資本主義の膨張が激しい頃に世界規模、インターナショナルなレベルで労働者の連帯を描き、『MIGRATIONS』では東西の対立構造が解体した後、国家主義がどんどん強固になっていくような情勢下で、そこから疎外された人々の姿をやはり世界規模で描いてきた、とするなら、サルガドがずっと代案としての世界像を提示してきた、という見立てもそんな外してないかと思います。そして新しい『GENESIS』にしてもその流れにあり、今回は文明そのものを批判し、文明と人間を寄せ付けぬまま成立している、別の世界像を提示しています。ジェネシスとは創世記の意味ですが、サルガドの初期の傑作、やはり既成の「アメリカ」への強烈で豊穣な批判でもありえた『The other Americans』をもじっていえば、今回の写真集のタイトルは『the other GENESIS(もう一つの創世記)』がより相応しいように思えてきます。

彼による現状世界への批判は、決して否定ではなく、対象である現状世界と共にあろうとするために行われる行為です。漸進的であれ、より良くしたいがため繰り出される批判はすなわち提示される希望でもあります。そのような流れで先ほどのカフカの言葉を読んでみますと、変な言い回しになりますが、自分たちのためでないにせよ希望があることそれ自体は、カフカにとっての希望でもあるのではないか、と思えます。ベンヤミンはカフカの作品には「晴れやかさ」があると言っているのですが、それはこういったことなのかなと思います。

最後に、先ほど挙げた多木浩二氏の言葉ですが、直前はこんな文章になっとります。

 写真が、きわめて月並みなもの、平凡きわまりないものをひたすら撮り続けることは不思議ではない。
 クライマックスはどこにもない。ヒロイックな昂りもない。
 なんの特徴もない光景が、次第に、人間の町に見え、生活がはじまる。

この文章はまるっきりカフカの小説、まさに断片欠片による不可能な物語、にあてはまるかと思います。逆にサルガドの写真はしばしば「神話的」「美しすぎる」とも言われるほどですから、この文章にまるっきり対照的で、反証しあっていると言っても良いほどです。臆面もなくスペクタクルとクライマックスを常に内包しているサルガドの写真と、あからさまにアンチクライマックス、アンチスペクタクルな物語にならざるをえないカフカの小説。しかし両者がおのおの背景に持つ希望には共通する所があるように思うわけですが、これは両者ともに好きな僕の一つの希望でございます。




2014年3月11日火曜日

アンゲロプロス!


テオ アンゲロプロスの映画『エレニの帰郷』が本当に面白かったです。面白い映画は世の中沢山あると思いますが、アンゲロプロス映画の、あくまでイメージで伝えんとするその意思と手法といいますか、なんというか、ともかく途轍もなさにはあらためて仰天しました。完璧にキマっている!と唸ってるとその画面が移動撮影とズーミングにより変化していき、いつのまにかまた別の完璧な画面が形成されている、という一連の流れを見るのは本当にめくるめく快い体験。イメージそのものを伝えようとしている、と言えるかもしれません。

大げさでなく全てのシーンに痺れたのですが、毎度丁寧に描かれる国境でのシーンが印象的でした。特に、ハンガリーとソ連との国境地帯だという場所で、難民なのか、国境を越えた途端に老人が座り込むシーンには大きく心動かされました。画面外からお孫さんの歌声が聞こえるに至っては動転しきってまともにスクリーンを見れない有り様。最近柳田国男などを読みながら、郷里を離れることや失うこと、そして奪うこと奪われることの取り返しのつかなさについて考えていたので、いっそう感動しました。国境は越えずとも、現在の日本でもご先祖さんが暮らす土地を離れることは、進学や就職などを理由に普通なこととなっています。たとえ一カ所に留まったとしても、土地とそこにある社会は相当なスピードで変化し同じではないはず。そういうわけで郷里、故郷、ふるさとの代わりに今は実家、地元という言葉があるように思います。郷里や故郷への思いが希薄になり分散していくことで立ち上がってくるのは国家と、国家を望郷の念の宛先にするような意識でしょうか。ともかく、「草原が故郷」だという老人が国境で膝をつくのは、”別の国に来てしまった”という意識よりは、”故郷を国家に収奪された”ことを理由にしているような気がします。そしてその点、いつも主人公エレニに寄り添う、ブルーノ・ガンツ演じるユダヤ人ヤコブにとっては、イスラエルという国家の創生がまさしく帰るべき故郷の創生でもあったわけですが、それが映画の中では、一つの、本当に重要な悲劇として語られているように思います。

では、主人公エレニの帰郷の「郷」とはどこを指すのでしょうか。見た感じ、それはどうやらやはり国家ではないようです。いわゆる「母国」はギリシャのようですが、絶えず流浪を強いられる彼女に、作中で帰るべき場所、本来いた場所が明示されることはないように思います。作中にはエレニの孫娘として、もう一人若いエレニが登場しますが、どうやら彼女らが共有するのは名前だけではないようで、老エレニと同じように人知れず、彼女の場合もっぱら街路を、さまよいます。郷里とすげ代わるようにしてある国家に居場所を見出せないがための放浪ではないか、などなど僕は思いました。後から思うに、かつては多くの家族を分かつ国境があり、現在は統合ドイツの首都でもあるベルリンが舞台となっているのも想像をかき立てます。

『エレニの帰郷』は、タイトルを『時の埃』とも言うそうで(英語題で『The Dust of Time』)、締めとして映画の冒頭に聞こえてくる言葉を載せます。本当に最初のシーンです。

 何も終わっていない。終わるものはない。帰るのだ。
 物語はいつしか過去に埋もれ、
 時の埃にまみれて見えなくなるが、
 それでもいつか不意に、夢のように戻ってくる。
 終わるものはない。

「ふるさとは、遠くにありて思うもの/そして悲しくうたうもの」という有名な言葉は室生犀星のもののようですが、故郷を失い、失ったことを忘れ、忘れたことさえ忘れたような状況では、思いうたうことは不可能と思います。しかしそんな中、膨大な時の埃の堆積の中でも尚「物語=国家のものでない歴史=故郷」を思いうたうためエレニ達の流浪があり、アンゲロプロスのまさしく夢のようなイメージ、夢のような映画があるんではないでしょうか。



2013年6月7日金曜日

手引きのようなもの。



図書館で借りたJ・デリダ著『ならず者たち』(みすず書房 2003)が面白いです。面白いとは言っても理解してる、とは全く別ですんであしからず。後半の試論『来たるべき啓蒙の「世界」(例外、計算、主権)』の文中に、まるでスナップ写真について書いたような箇所がありますんで紹介します。257ページ。


...出来事とは起こるものである[ ce qui advient  ]。これは一度、それもたった一度だけ、それを最初で最後として起こる。これはまさに特異なこと、唯一的なこと、例外的なこと、取り替えのきかない予測不可能なことであって、つまりは計算不可能なことである。こうして起こるものないし起こる者は、到来してくる。そのときまさに -これこそ地平の終わりであるとともに、計算可能なプログラムないし目的論の終わり、予測ないし摂理の終わりなのだが- それを見通すことはもはやできないのであって、つまりもはや地平において到来するのを見ることはできない。まさに地平なしに見るほかはないのである。


写真を撮る人でこの文章がシックリくる方、割と多いんではないでしょうか。挙げた文章がいうところの「出来事」を、写真に映る事柄ないしは写真に写そうとした事柄、あるいは写真を撮るその時に置き換えて読むのは、それぞれの読み方で内容が多いに異なる上、かなり手前味噌といえましょうが、まあアリかなと思います。
そしてそんな風に読んだ時、最近単行本になったので読み直した松浦寿輝氏の『波打ち際に生きる』(羽鳥書店 2013)の後半「Murdering the Time 時間と近代」の一節が、先の文章に良い感じに似ているように思いましたのでこちらも紹介します。何もかもが時計の示すような機械的な時間進行を基準にする「近代的な時間システム」。そしてそのもとで生み出された技術といえる映画と写真。両者を比較して、まず単純に言って上映時間という持続を必要とする映画を「物理的=物質的な水準で”近代的な時間システム”に根拠づけられ、それに依存せずには成立しえない」ものとしつつ、それに対する形で写真を捉え、次のように述べます。101ページ。


...その(←映画の)傍らに置いてみると、写真の反=システム性が際立ってきます。持続の中から一瞬だけを切り取って、それを凝固させ永遠化してしまうというこの技術は、「近代的な時間システム」をまったく必要としていない。それどころか、そのあからさまな敵対物とさえ言える。それはシステムの外部に位置する何かであり、場合によっては近代批判としても機能してしまう装置です。


写真というのは「近代」が生み出したもので、出自がそうなのだからどっぷりそのシステムに依存しているもんだと僕は考えていたので、それがシステムを必要とせず、敵対物にさえなるという位置づけは非常に大胆な考えに思われながらも納得させられ面白かったです。個人的に補足すると、やはりしかしこれは結果としての「写真」に当てはまる言葉で、過程である「撮影」それ自体は、コテコテの近代的行為であるように思います。それが一瞬であれ、シャッタースピードとは一種の持続であるという感覚が僕にはあります。ともあれ、J・デリダがいう「出来事と計算可能なプログラム」と、松浦寿輝の「写真と近代的な時間システム」は、その文章内容において、類似をもって関係を持つ、と言えるんではないでしょうか。ちなみに松浦氏のいう反=システム性を体現する写真を撮る写真家を挙げるとするなら、僕的にはアジェとザンダーがまず真っ先に浮かんできます。エッフェル塔が出来た頃に写真機に触れたとおぼしきアジェは、彼が被写体にした、近代都市の先駆けとして成立しつつあるパリの街に対し、完全なアウトローとして視線を向けていますし、ザンダーにいたってはナチスから本を禁書処分にされ原板を焼かれるわけですから、システムから見たらまさに札付きのワルに違いありません。


試論のタイトル『来たるべき「啓蒙」の世界(例外、計算、主権)』は、仏語の原題で『LE "MONDE" DES LUMIERES A VENIR(Exception,calcul et souverainete)』というようです。LUMIEREというのが啓蒙のほか、光を意味する語であることから、これを『未-来の光の「世界」』という謎めいた言葉に読み換え、かつカッコ内をも「写真家(主権=souverainete)が光や画角を計量し(計算=calcul)、写真(例外=exception)を作る」と見なしてみると、文章はもうタイトルからして写真についての手引きそのもの。それにしてもこの”手引き”、手引き自身の内容からすれば「計算可能なプログラム」や「摂理」、あるいは「地平」にあたるわけで、従がうことの出来ないものになってしまいます。ではつまり必要ないのかといえばそうでもなく、文中ある言葉で言えば、終わるべき「仮設」としてあって良いように思います。そしてここで、写真を文字通りの「仮設的な地平」と見なしたらば、写真そのものが「出来事」への”手引き”なのだ、とも言うことが出来るかと思います。つまりいわば地平なしに見るため地平、それが写真といったところでしょうか。